「草花木果」が大切にしている“ゆず”。その残渣（ざんさ）が、いま田んぼでも新しい役割を果たしています。肥料として再利用することで土はふかふかに、稲は力強く育ち、お米の味わいにも変化が生まれました。

今回、草花木果を展開する株式会社キナリの山本社長がお話を伺ったのは、消防士からお米農家に転身した田中さん。埼玉県川越市で、ゆずの残渣を肥料に使ったお米を育てています。

自然の循環を取り入れた挑戦を通じて、美味しさだけでなく想いが込められた米づくりのストーリーを語っていただきました。

冬にゆずの搾りかすを籾殻と混ぜて発酵させます。発酵の過程では熱が出るので湯気が立ち、ゆずの香りも漂ってきます。だいたい1か月半ほどそのまま発酵させた後、田んぼに撒いていくんです。

通常耕す際は、基本の深さが12cmといわれています。ゆず米の場合は、18cm程度まで深めに耕して、土に入れるのが工夫しているポイントです。

市販の肥料であれば、買ってきたものを機械で撒いて終わりなので、1枚の田んぼにつき数分で作業が終わります。ゆず残渣の肥料は、発酵にかかる時間と撒くときの手間もかかるんです。

そうなんです。でも、そのぶん一番違いを感じたのは、土がふかふかになったことです。ゆずの残渣を入れると有機物が増えて柔らかい土になります。

稲も葉の色が鮮やかになり、根張りがしっかりして安心して育てられる印象です。

そうですね。とても興味深いのが、ゆず残渣を使った田んぼにはカメムシが寄りつかないことです。周辺の田んぼでは大量に発生していた時期でも、うちの“ゆず米”にはほとんど被害が出ませんでした。

ゆずの力なのか、まだ詳しい理由はわからないのですが、通常の田んぼとの違いとして実感しています。病害虫への抵抗力を高める可能性があるようにも考えています。

一般的には、大規模になると刈り取り時期が遅くなるので、粒のばらつきが出やすいんです。でも、ゆず米は粒の大きさがそろっていて均等なんですよ。

ゆずの皮にも効果はあると思いますが、一番は種に含まれる窒素です。作物にとって“窒素・リン酸・カリウム”は、人間でいう三大栄養素（脂質・糖質・タンパク質）のようなもの。どれかが欠けると健康を損なうように、稲もバランスが大切なんです。

窒素はとくに、背丈を伸ばしたり実をふくらませたりする力があります。ゆずの種から得られる窒素は、化学肥料に比べると成分量は十分の一以下で“ほとんどない”と言えるくらい微量なんですが、それでも確かに違いが出るんです。

自然由来だからこそ、効きすぎることなく、じわじわと稲の力を引き出してくれる。結果として粒の大きさが均等で揃いやすく、見た目にも食感にも良い影響が表れていると感じます。

自分でも炊いて実際に食べてみましたが、まず口に入れた瞬間からもちっとした食感があって、噛むごとに甘みが広がっていくんです。冷めたあとも十分甘さがあって、おいしいと感じました。

家族や親戚、働きに来てくれた知り合いにも食べてもらいましたが、みんな口を揃えて「おいしい」と言ってくれていますね。

ゆず残渣を使用した米づくりに限った話ではないのですが、もちろん苦労はあります。

スポットで忙しいタイミングは、働きにきてもらうようお願いしていますが、基本的には一人で作業していて。稲刈りシーズンは天候にも左右されるので、予定がズレてくると大変ですね。

稲刈り時期は台風やゲリラ豪雨もあるので、気を使います。いちばん困るのは、ものすごい雨が降って、稲穂まで水が入ってしまうこと。翌日までに落ち着いてくれれば、問題ないのですが2～3日続くと、稲穂のなかが腐ってしまうんです。

そんな自然とのせめぎ合いもありますが、一方でお米づくりのやりがいを強く感じる瞬間もあります。

農業は、“スローライフ”なんて言われることもありますけど、実際はハードワークです。

天候勝負で朝も昼も夜もなく、常に気を張って取り組んでいます。だからこそ大変ですけど、充実感がある。もう以前のような働き方には戻れないですね。

とはいえ、メンタル的につらいときもあります。収穫量によって生活が左右されますし、自分次第で結果が変わるので、つねに追われている感覚がありますね。

去年、農業を法人化しました。個人のときは自由もありましたが、やれる面積や時間にも限界も感じていて。

法人化することで仲間と一緒に取り組める体制ができました。忙しい時期は、仲間と役割を分け合えるようになり、以前よりも計画的に農業を進められるようになったんです。

作業の大変さは変わりませんが、“チームで農業を支えていける”という手ごたえは大きいですね。

ゆず米をただ“お米”として届けるだけでなく、もっと幅広い形で活用していきたいと思っています。たとえば、米粉にしてアレルギーを持つ方でも安心して食べられるパンやスイーツにしたいんです。

米粉スイーツなら、小麦が食べられない方や子どもたちにも届けられる。米を育てるだけでなく、そこから新しい価値を生み出すことにも挑戦したいと考えています。